3・14大弾圧から1年
今回はネットカフェから投稿です。ようやくインターネット契約をしたところですので工事まで引越しシーズンということもあって時間がかかるため次の更新もちょっと難しいところです。
さて、昨日3月14日は、法政大学で「立て看板・ビラまき規制反対」、「憲法改悪阻止」を掲げた学生たちが法大当局があらかじめ呼んでおいた公安警察200人を使って大弾圧をした日から1年が経ちます(関連記事→http://kokekujira485-651.cocolog-nifty.com/oyaklog/2006/03/post_1b74.html#comments)。
中核派だろうがそのシンパだろうが人間から思想信条の自由と表現の自由を奪われる理由はこの「民主主義」社会においてはないはずです。法政大学と麹町警察署はその犯してはならない領域に踏み込んだわけです。改めて怒りを覚えます。
この間法大だけでなく、「そんなのでいいのか?」と耳を疑うこともありました。典型は先日の最高裁における「君が代伴奏『合憲』判決」。昨年の9・21判決にもかかかわらず、判決で多数意見となったのは「学校の秩序」や「職場の秩序」を重視するものでした。それならば裁判官は教育現場意における「秩序」の意味を明確にすべきです。ところが、今回の裁判官の一人によると「国歌斉唱を行うことが組織として決定された後は、原告もこれに協力する義務を負うに至ったというべき」というのです。
どんなに個人の内心を踏みにじるものであっても「組織(企業、地方自治体、国家など)」の決定となったら、それに従うことが「秩序」だとでも言うのでしょうか?ましてその決定は教員一人一人の間できっちりと議論されたものだったのでしょうか?東京都教育委員会という「お上」が出した通達に粛々と校長先生たちが従い、それを現場に押し付けているだけではないのですか?そんなのが「組織としての決定」足りえるのでしょうか?
断じて否です。以前の自分の労組についての記事でも言いましたが、組織に属する人一人一人を大切にしないままの決定がまかり通るようではいけないのです。組織は各個人の尊厳の上に成り立つものです。それを踏みにじる判決が、卒業式シーズンに差し掛かったところで最高裁から出されるのは極めて意図的としか言いようがありません。それでも不起立・不伴奏を貫く教師の皆さんに心からの連帯を表します。
話を元に戻しますが、では弾圧の後学生や若者の運動は萎縮したのでしょうか?そうではないじゃありませんか。その後も一番の当事者である全学連はこの問題のおかしさを徹底的に指弾し続けています。自分の国会前報告にもありますように、「教育基本法の改悪をとめよう・全国連絡会」ではその若手メンバーが同世代に精力的に呼びかけ、若者の運動の輪を広げました。
もう一度この流れが起これば昨年の3・14のような弾圧も、改悪教育基本法も無きものとなります。まさに「革命」です。
こうしてブログでは意気揚々と書いている僕ですが、会社では日曜に休みも請求できず、言いたいこともなかなか言えない状態ではあります。そんな自分の殻を破り、宗教まがいの研修の実施、過重労働の実態を弾劾し、11月集会で仲間とともに登壇できることを1つの目標に据えなければ、ここで自分が言ったことに嘘をつくことになります。無理こそできませんが、少しずつ「労働者階級」として開花していきます!
まずは職場で「革命」を。そう思いつつも新赴任店での過重労働に苦しむ僕でした…
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コメント
コケシさんは活動家を目指しているのかな。
俺は30過ぎの中年入りたてのおっさんだが、活動家と言うのは本当に薦めない。なぜかというと「永遠の兵隊」または「永遠のアマチュア」だからだ。
俺もコケシさんも入社の際に就業規則に遵守するという契約にサインしている。
サインしたからと別に奴隷になるわけじゃない。活動家的な奴隷になりたくなければ一番簡単なのは組織をやめれば良い。
自由人だ。好きに生きれる。でもほとんどの人間、俺もそうだができないのは自由人で生きていける才覚、才能、能力、経験や実力を持ち合わせていないからだ。
そんな人間は社会は変えられない。絶対に。まともな家庭すらつくれない。そして自分をごまかすために天下大論に走る。結果なんにもできない。労働者を守るなんてもってのほかだ。
投稿: K | 2007年3月26日 (月) 23時19分
>>続き
そこでだ。コケシさんは若いから、きちんと組織で生きることを薦める。
経験を積むんだ。知識を積むんだ。労組の人間や活動家より、労務管理畑をきちんと歩んだ人間の方が結果的には賃金労働者のためになる。結果的にその方が労働者を守れる幅が広がるんだ。
弱者は弱者とつるむことしかできないが、強者は弱者を守れる。そしてそれは強者の自己犠牲から成り立つんだ。そういう男になるべきだと俺は思うぞ。コケシさんは若いからまだまだイケる。
なにも成し得ない40過ぎた活動家諸氏の哀れさを支持する人間はいない。残念ながら。
本当に賃金労働者を守ったり職場条件を正したかったら「偉く」なれ。持ちうる権力でピノキオにならない人間になればいい。もしはした権力ですら天狗になる程度のつまらん人間なら薦めないが、コケシさんの持っている理想はそんなのに負けるもんじゃないんだろ。そう思っているぞ俺は。
投稿: K | 2007年3月26日 (月) 23時27分
(Kさんへ)
コメントありがとうございます。
「革命」を最終的には目指してみたいのですが、今の自分の力量、状況から考えてKさんの仰るようにするのも選択肢の一つであり、現実的であると思います。
とはいえ、今持っている運動体とのつながりも「財産」ですから、そこをどう活かすかも考えていきたいですね。
>強者は弱者を守れる。そしてそれは強者の自己犠牲から成り立つんだ。そういう男になるべきだと俺は思うぞ。
この言葉が一番胸に響きます。ご助言に感謝いたします。
投稿: 護憲的コケシくん@管理人 | 2007年3月28日 (水) 21時45分