2008年4月 2日 (水)

近況とこの間の情勢について

 お久しぶりです。この間立て込んでいてこちらのブログがなかなか更新できませんでした。ご愛読の皆様には大変ご迷惑をおかけしました。

 さて、その最大の理由であることが…

 今日の勤務を以って退職となるからです。

 すでに先月半ばには退職届を提出し、今月15日付(残りは有給消化)で退職が決まっております。そのため新たな職探しもはじめていまして、一つ今の居住地近くで見つかったのですが、それは結局原子力発電所での勤務となるため、自らの健康面などでのリスクがあまりにも大きく、今一度考え直しております。有給期間中にいわきでも仕事を探し、良いところが見つかれば実家に戻り、そこから通勤する予定です。

 さて、この間様々な政治・社会的情勢の変化が起こりました。それぞれについて簡単ですが、自分なりの視点で考察してみます。

1、暫定税率問題

  先日福田首相はこの期限が過ぎ、「暫定税率が維持できなかったこと(と言っても「つなぎ法案」によりガソリン以外は維持していますが)」について「謝罪」するということがありました。

 僕は何を言っているんだと思いました。暫定税率を維持して一番喜ぶのは誰かを考えると、結局資本家、特にゼネコン関係人々ぐらいだと思うのであって、僕ら労働者の立場からすれば「暫定」と言いつつよくも何十年も余計に税を取ってくれたな、ということです。しかもガソリン以外にもあるなら当然それらも廃止すべきです。こういうことでしか、いや、労働者から余計に税を取る方法をとっても国や地方の財政は成り立っていないということは、国側、地方側の「無駄遣い」によるものではないのでしょうか?

 また、この問題に関して宮崎の東国原知事などが「暫定税率維持は地方の声」と喧伝していましたが、これも違います。先ほど触れましたように暫定税率が無いと地方の財政が立ち行かなくなるということ自体がすでに「地方切捨て予備軍」であったのであり、またこれに絡んでいる「道路特定財源」も、これは東国原知事なども言っていましたが、結局大都市中心に回され、しかも道路以外のものにも使われており、地方の道路整備は後回しにされ、整備するかと思えば必要性に疑問があるところも多いのです。

 つまり、国が地方切捨てを見直さない限り、労働者は「暫定」税率による搾取にあえぎ続けることになるのです。しかも、こうして作られた財源の一つである「道路特定財源」も大都市やその建設を請け負った大手ゼネコンにしか使われず、一部の者の私腹を肥やすものであり続けることでしょう。

 道路の整備にしても本当にそれが住民の声なのかどうかを、特に重要と思われるものについても意見をもっと集める体制が必要です。それらなしに暫定税率や道路特定財源を維持することに、僕は反対です。

2、アントニオ・ネグリ氏来日拒否

 これは入管体制、そして、日本という「国家体制」が多少なりともそれに疑問を抱かせるようなものに国民が触れる機会を奪う問題の両面で捉える必要があるでしょう。

 一点目についてはネグリ氏が過去に逮捕歴があることが拒否の理由となりました。しかしそれでは日本に来る外国人はすべて逮捕歴が無い人に限られることになりますが、そんなことが「ルール」になっているなど聞いたことがありません。「テロ対策」を口実にこうして外国人が日本に来る権利を奪うことは許せません。

 しかし、より大きいのは2点目だと僕は思います。ネグリ氏と言えば『帝国』の著者(もう一人がハート氏)であり、現代の帝国主義体制について彼らなりの視点で切り込んでいったものです。僕はこの本を読んだことはなく、間接的に中核派系の団体がこれを批評したもの(彼らからすれば「永遠の抵抗」や「マルチチュード」という言葉が気に入らないようです。僕から見れば中核派とて「マルチチュード」の一翼を担えると思えますし、「永遠の抵抗」というのも「権利のためのたたかいをやめるな」ととらえることも可能だとは思いますが…)に触れたのみですが、少なくとも「今の世界のあり方は正しいのだろうか」と疑問を発せさせるものではあるなと、それを通しても思えました。

 そのような著書を書いた人物を、しかも、東京大学の周年行事の講師として招待したにもかかわらず入国を拒否したのは、日本による国家的な意図があるとしか思えません。つまり、多少なりとも反体制的(それも「左」的)なものから国民を遠ざけさせ、「物言わぬ小国民」とさせるための意図が。

 だとすれば、これは国民の側にとっても「知る権利」、「学ぶ権利」の侵害であり、ますます容認できるものではありません。

3、ワーカーズアクションin東京でのデモ弾圧

 今回最後にはやはりこのことに触れなければなりません。先月16日、渋谷で「ワーカーズアクション」が行われ、青年労働者が中心となって「戦争反対!」、「労働者の運動で革命起こそう」という、実に解放的なテーマを引っ下げて集会とデモが行われました。これに僕も参加したかったのですが、仕事により断念してしまいました。

 そして、このときに行われたデモに対し、警察がデモ隊が渋谷駅前スクランブル交差点に差し掛かったところで4人が逮捕されてしまうという事件が起こりました。これは目立つ場所で「こいつらは警察に暴力を振るう団体だ」と見せしめ的に公務執行妨害で逮捕するという見せしめ的な逮捕です。

 その様子がyoutubeにありますので、それを載せておきます。

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 事件を扱う掲示板やmixiの「9条の会@mixi」などを見てみますと、参加者と思われる方からの書き込みがあり、やはり警察の側からデモ隊に押し入って、そこでぶつかった女性参加者を「公務執行妨害」扱いにしたというのが真相のようです。

 どんな団体だろうがデモをしたり「戦争反対」と叫ぶ権利があり、それは憲法で保障されています。それを警察が弾圧するということは、国家体制が戦争をやりたがっていることの裏返しであり、また、国民に2の件同様「ものを言わせない」ためのものでもあります。これを放置すれば戦争にむかってしまいます!そもそもデモを行う際には「ここからここまでデモ行進したい」と申請すればいいらしいのですが、それでも許可されるのは片側2車線ならその片方程度です。僕はこれ自体もまた「表現の自由」に対する体制側の不当な介入ではないかと考えるようになりました。あらかじめ「弾圧」された表現方式に従うだけのデモが果たして意味を持つのかどうか。「ワーカーズアクション」や「11.6」でのデモは参加者にも沿道の人々にもそういった問題提起まで行ったのだな、と今は考えています。

 ところで、この動画を撮った人もこのデモ参加者を一緒くたに「プロ市民」とか「中核派」と規定していますが、そんな括りを民衆の側が持っていることを悲しく思います。確かに「中核派」も多く参加していたでしょう。でもそれと同じくらい、いや、それ以上に現状に我慢ならない労働者がいたことでしょうし、中には「中核派自体は嫌いだけど、物言わぬ人にはなりたくない」と言う人だっていたかもしれない。それ以前に、「中核派」と言われている人々そのものの多くもまた一般社会の中では労働者であるのであって、本来的にそれ以上でもそれ以下でもないはずです。

 それを、思想信条や行動の仕方の違いで自ら「奴らは○○派だから関係ない」とかいって自分自身から彼らを分断してしまう…こういう「派閥主義」が日本でまかり通っているのはなぜなのかとつくづく思いますし、「こんなだから日本は封建社会だよな」という印象も抱いてしまいます。

 ただし、そうした「封建性」は実は解放的なテーマを人々に訴えた「中核派」の中にもあることを「デモが弾圧された」事実とは「別個の問題」として一言触れておきます。どうやら最近分派があったらしく、現在の主流派が彼らを「○○一派」として敵視しているのです。大きくは向いている方向に違いがないにもかかわらず、こうして「派閥」ができ、それへの所属で人間やグループを、左翼側までみる節があることに、日本の「封建的『家』社会」の根の深さを、僕は見てしまいます。

 冒頭で「簡単に」と言いましたが、結局長くなりました。次の更新は転職のことが片付いてからになるかと思います。またしばらく間が空いてしまいますが、ご了承下さい。

 今回はこれで以上です。

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2008年2月20日 (水)

イージス艦・漁船衝突事故に思う

 昨日早朝、海上自衛隊のイージス艦「あたご」と漁船が衝突し、漁船が真っ二つに裂けてしまう事故が発生しました。原因について様々な憶測がありますが、もっと本質的な問題があると、僕は思います。

 先に二つ思うことをあげておきます。1つは、「日本がそれだけの軍備をすでに保有していることは憲法との整合性からして異常である」ということ。もう一つはこの事故は「軍は国民ではなく、権力者・資本家しか守らない」ということを如実に示しているということです。

 まず一つ目にかかわることですが、そもそも9条を国がしっかり遵守していれば、日本がイージス艦など持つ必要性もないのです。こうした「必要の無い軍備」のために民衆が殺されたことは、もっと憲法的に問題にしてもいいはずです。しかし、そうした「論じられても差し支えない」原則論すらマスコミ報道からなされていないのは残念な限りです。「大規模かつ組織化された軍備」を持っていること自体がおかしいことに、今一度気づかなければなりません。

 二つ目について。ニュースでは「操業中の漁船には優先権がある」と報道されており、自衛隊員たちがまさかそんなことを知らなかったとは思えません。なのに「赤いランプがなかったから船舶だと思わなかった」というのはどういうことなのでしょうか?そもそも日本で漁業が盛んに行われていることが判っているなら早朝は漁船の操業時間に当たることも予想できたでしょう。そんなのもお構い無しに航行していたとなればますます許せません。

 いや、そもそもイージス艦はレーダーがほぼ「対空用」のものであることからして、「ミサイル防衛」、いや、「日本の先制攻撃能力を守る」ためだけの代物であることが改めて浮き彫りになったのではないのでしょうか?その「訓練」のためなら漁船が1隻沈もうが漁民が被害に遭おうが関係ないというのが防衛組の本音のように感じるのは、その後の連絡体勢があまりに杜撰だったことからも伺えます。

 繰り返しますが、朝鮮民主主義人民共和国や中国の脅威をでっち上げ、そのもとで進められているのが「ミサイル防衛」構想であり、その本質は「先制攻撃」にあります。PAC3の配備においてもその射程からして基地周辺くらいしか守れず、ミサイルの移動で街の機能がマヒしようが、仮に失敗してミサイルの塊がどこに落ちようがお構いなしな体制になっているのです。基地をとにかく守ってこちらから攻撃できる態勢を作れればそれでいいのです。

 それに、ベトナム戦争のトンキン湾事件のように相手側に落ち度があるようにでっち上げることもミサイル防衛体制はより容易に出来るのです。本当に共和国や中国が撃ったかどうか分からないミサイルを「奴らが撃ったからこちらも迎撃した」ことにしてそれを口実に開戦する…いや、それ以前にPAC3なりイージス艦のミサイルを撃ってしまえばそんな口実などいつでも作れてしまえます。恐ろしいことです。

 そうやって「侵略戦争」をはじめるのが狙いの「ミサイル防衛」を、今阻止しなければ、また同様の悲劇が起こるだけでしょう。この事故を徹底弾劾し、自衛隊の存在意義に疑義を投げかけていきたいところです。

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2008年1月31日 (木)

ハンドルネーム統一しました

 こんばんは。「護憲的コケシくん」改め「ときわ列車@非正規ファイター」です。

 対権力の観点からハンドルネームをブログとmixiで分けていましたが、ネットで長年お世話になっているアッテンボローさんや草加耕助さんなどもHNを分けていないことなどを踏まえ、何よりmixiでも繋がっている皆さんのことを考えて、「ときわ列車」のHNを使うことにしました。

 今後は「ときわさん」、「ときわくん」などと呼んでいただければ幸いです。

 これからも当ブログをよろしくお願い致します。

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働かせろ!生きるために!!

 久々の更新ですが、もうこれは我慢ならないことが起きています。

 それは来月のシフト。3連休が組まれているのです。なんだいいことじゃないかと思う方が多いと思いますが、なんと来月毎週組まれているのです。しかも、残業は20時間以内に抑えろとあからさまに言われました。

 なぜそうなったのか?自分の会社の販売本部長が「年度休日残り10日未満(残業等で余計に溜まったり実際に休暇を取れなかった場合に発生。自分は後述しますが1月の段階で11日溜まっていました)にしろ」、「2月の残業上限は20時間以内だ」ということを2月度の「方針」として出したためです。

 でも自分が溜めている休日は11日なので、単に「10日未満」にするには2日だけ多く休みを取ればいいだけの話なのですが、上司は相当これに怯えているらしく、残り4週間でそれぞれ1日ずつ追加し、残り7日にまでしました。しかも、それはそれでやりやすいとはいえ20時間の残業もきっちり組まれました。そして「要領良くやって、残業しないようにしろ」と上司は帰る前に言いました。

 ふざけるな!!確かに僕は仕事の要領が悪いので少しでも作業スピードは早くしたいなと普通には思っています。それでもなお、生きるためにはもっと働きたいし、残業もしないとやっていけないのです。非正規社員となった今、仮に残業を全くしないとなんと手取り12万程度しか入らず、そのうち約4万円が家賃で消えます(住宅手当は「自己都合転勤」のため無し)。後々の貯金を考えなくても残りは8万程度にしかなりません。そこで、実際そこまでやらざるを得ないのですが、毎月25時間以上は残業しています。それでようやく15万5千円程度。これでは生きていくのでやっとです。

 しかも来月は29日しかなくそのうち12日も休んでしまいますから出勤日はわずか17日。これで残業も20時間だけならば間違いなく給料は1~2万減ります。ただでさえ色々値上がりしているのにどうしろと言うのでしょうか?

 第一ここまで休日が溜まったのは、この2年間での残業数、特に研修時やいわきの店舗で溜まった分も含まれており、上司の側がシフトを組む際にやむをえず休日を持ち越した場合ももちろんあるのです。

 それらを全くの「自己責任」に転嫁して「残業するな」と言い、さらに休日消化が会社の「方針」となるや「休み溜まっているんだから来るな」と言って事実上の賃下げに追い込むなんて我慢できません。僕はもっと人間らしく生きるためにも、来月はちゃんと働きたい!追加休日も2日あれば体力・精神力の回復に十分です。

 再来月以降も20時間以内といわれたらたまったものではありません。もう貯金分も切り崩さないと「百万人署名運動」の皆さんとの会合もできなくなりますし(自分が茨城に行かなければならない場合がほとんどのため。水戸ならば夜ノ森と往復約5千円)、趣味を楽しむこともままならなくなってしまいます。

 そうなったら、現実的には転職もしなければならないでしょう。しかし、それ以上に、同じ意見を持つ同僚と本格的な賃上げ闘争もしなければ、自分以外のもっと多くの非正規の仲間達を人間らしく生きさせることが出来なくなってしまうでしょう。

 いずれにせよ、行動を起こすべき時が迫ってきました。自分にできるかという不安をまず打ち破り、出来ることをしたいです!

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2008年1月 7日 (月)

遅くなりましたが…

 みなさま、新年明けましておめでとうございます。今年も当ブログをよろしくお願い致します。

 新年早々上司に当たられていたパートさんが辞めてしまい、彼女を守れなかった無念の出来事に見舞われてしまいました。それは、僕が上司に怯えてしまったがゆえに起きた部分があります(確執はもう何年も前からあったようですが)。この反省から「怯えたら負け」ということを肝に銘じて今年も本質的な視点から会社や社会全般を見ていければと思います。もちろんできる限りの行動には出ます。

 その第1弾として、16日に牛久市の東日本入国管理センターでの面会活動を久しぶりに行います。最近は「牛久の会」のご尽力もあって多くの方が仮放免となっているようです。しかし、収容時の処遇問題と、未だ少ない難民人定数という根本的問題はまだ前進がありません。そのあたりについても会の方からしっかりと話を聞いて「たたかい初め」をします。

 今年こそもっと「労働者的」な前進を自らに!!

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2007年12月28日 (金)

2007年総括

 ご無沙汰しておりました。コケシです。

 このところ仕事や様々な人付き合い(もちろんその中には社会運動に係わるものもありましたが)で忙しく、ブログが書けませんでした。気がつけばもう年の瀬…11・4以来長期放置をしてしまい、申し訳ありませんでした。

 今も明日の出勤を控えていますので手短に総括します。

 個人的な話からすれば、今年は政治情勢が激動を迎えていたにも係わらず、後半から住む場所が福島県の富岡町になったという地理的条件(加えて僕自身も正社員でなくなったこと)も重なって、ろくに運動に係われず、しかも職場に様々な不正義や許せないことがあっても、それを少しでも訴えてみるという「自分の壁を突き破る」ことが結局できなかったのは大きな反省です。

 具体例も交えて話しますと、僕の職場のとあるパートさんは上司の目の敵にされており、何かあると「クビにすっぞ」とか「待遇を落とすぞ」と言われています。理由は「仕事が出来ないから」。

 しかし、「仕事の出来る出来ない」という価値判断の基準がどこにあると言うのでしょうか?あったとしてもそれは「人間の価値」を絶対的に決めうるものなのか?そういった疑問も問題提起もないまま「仕事が出来ない」と周りにみなされるとすぐにそういう恫喝が飛んでくる…こういった例などもっと色々なところにあるはずです。

 こういった身近な問題から取り組んでいければ良いのですが、まだ実行に移せません…これでは11・4の経験が無駄になってしまいますので、なんとか同期やパートさんとの横のつながりを作りつつ、「パートさんも社員も1人たりとも首にさせない」ための行動をまず起こせればと思います。

 とはいえ、11・4の経験は大変貴重な経験でした。道路を広く使い、「戦争反対」、「改憲阻止」を叫んだデモの解放感を完全には味わってはいませんが、集会内でのひとつひとつの発言に「同じ労働者」としてのつながりを感じ、とても良かったです。特に韓国イーランド派遣労組の戦いの報告は感動的でした。

 来年の課題は、いかに地元で運動をおこせるか?特にパートさんと準社員の待遇改善を突破口にしたいです。

 後半をあまり「原則的」に過ごせませんでしたが、11・4に出席できただけでも前進があったとすべきでしょう。来年はもっと「たたかえる」ようにしたいところです。

 まとまりがありませんでしたが、今回はこれにて終了です。

 それではよいお年を!!

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2007年11月 5日 (月)

11/4労働者集会レポ

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 こんばんは。今年の11月労働者集会に参加してきました。そのレポートを書きます。

 今年も多くの労働者が駆けつけ、1万人には今年も届かなかったものの5800人と昨年をさらに上回る参加者が日比谷に詰め掛けました。

 そんな集会の先陣を切ったのは「まよなかしんや」さん。「命の海に基地は要らない!」と歌に乗せて伝えました。続いて韓国のスーパーマーケットの労働組合であるイーランド一般労組の律動隊の演技を経て本集会が始まりました。

 始めの連帯の挨拶では三里塚芝山連合空港反対同盟の方の挨拶が印象に残りました。「資本家は9割の農民を潰すと公言している。外国から安い農産物を買って農民を苦しめ、一方の労働者にはそんな安い農産物でしか食べていけないような低賃金を強いる…これらはまさに一体の攻撃であり、これを労農連帯で打ち破る以外にない」と。

 また、韓国では先述のイーランド労組のたたかいに心惹かれるものがありました。スーパーマーケットで非正規雇用の労働者たちが中心となって篭城ストライキを起こして非正規雇用拡大に抗議したというのですから。同じ業界の労働者として彼女らのたたかいはあまりに大きい意味を持っていました。

 アメリカからの報告は2つ印象に残るものがありました。アメリカの教育現場では「白人以外」の中学・高校生に対して軍の無理やりなヘッドハンティングが行われていること、アメリカでも軍国主義教育がまかり通りつつあり、これに立ち向かうべく地域別でたたかいを開始している、と報告がありました。特にヘッドハンティングの件は軍人が軍服を着たまま学校に押し入る例が後を絶たないようです。全くもって許せない!!

 さらにILWU(国際港湾倉庫労組)からは、午前中、所定の職場で働いていた組合員が休憩から戻ってきたところを警察が何の法的根拠も無しに職務質問したため、組合員がそれを問いただしたところ何と「公務執行妨害」と「不法侵入」をでっち上げられて逮捕されたというのです!

 以上のことに立ち向かうアメリカの労働者の不退転の決意に僕もさらに学ぶものが多くありました。

 いま一つは「日の丸・君が代」に反対し続ける根津公子先生からの報告です。「日の丸・君が代」の強制に反対したら処分を受けることが最近では世界的に思想信条の自由を奪う問題として捉えられ、広い支持を集めているとありました。しかしその一方日本の現状は後退するばかりで、「『日の丸・君が代』に反対するものは『異端者』」とする風潮が「定着」してしまい、それが子どもたちに伝播して「ルールを守れないなら先生辞めろ」とまで言われるようになってしまったそうです。

 それでも、根津さんは「私は子どもたちに『日の丸・君が代』のことを教えないでただ立って歌うのは納得できない」との信念を貫き、強制反対の意思表示としての不起立を貫く決意を固めて来年3月も不起立でたたかうと宣言しました。

 これには自分ははっとさせられました。「今はまだ我慢すべきだ」とか考えて歌いたくもない社歌や行きたくもない欺瞞だらけの社内表彰を辞退しないでいたことが、どれほど自分自身を裏切りってきたことかと。それなら今からでも出来ることは何なのか、すぐにでもそれは実行できないのかと猛省しました。

 最後に青年労働者と学生からのリレーアピールがありました。ここでは茨城でつながっている自治労の方が登壇し、現場を見ない指導部の決定に納得できない彼女らが対案を作って対決したところ、否決はされたもののなんと組合員の3分の1の支持を勝ち取ったそうです。これは非常に今後につながるものです。

 その後、アピール・スローガン採択、インターナショナル斉唱を経てデモに出発しましたが、ここからが大変でした。

 一つは警察の必要以上の介入です。デモの申請方法について詳しくは分かりませんが、申請された「2車線」を越えようものならすぐにそれを押し込めたり、明らかに「2車線」よりも狭い範囲にカラーポストや機動隊の車を置いたり、しまいには「申請箇所を守らない団体がいる」と民衆の面前でデモ参加者を「異端者」呼ばわり…警察が一体何を守っているのか垣間見た瞬間でした。

 もう一つは右翼の執拗な妨害。「日の丸が嫌いなら日本から出て行け」とか「中核派諸君」とか「北朝鮮に帰れ」とか罵詈雑言のオンパレード。これに腹を立てた僕は「お前らがそう言えるのは何のおかげだと思っているんだ?憲法で思想信条の自由が保障されてるからだろ!だったら俺たちにだって反対のことを言う自由がある!!」とか「俺たちは『日の丸・君が代』が嫌いでも、日本に生活基盤があるんだ!!それを考えろ!!」とか遠くからですが言い返してやりました(苦笑)。

 第一「中核派諸君」とか右翼は言いますが、本当にそこに属している人なんて参加者の半分もいませんよ。彼らと連帯するだけで一緒くたに扱ったり「北朝鮮人」とか言われる筋合いなどありません。

 で、彼らは何と東京駅に張り込んで参加者が解散した後で帰途に着くまで妨害を続けました…まあそれしかやることがないということの裏返しでもあるのでしょうが。

 以上充実感と収穫の多いこの集会ですが、課題と疑義もここで。

 それは今年も「1万人」に届かなかったのはなぜかということ。そして、結集のための「合言葉」として「革命」が使われていますが、それが本当に人々の心を捉えられているかどうか、という2点に尽きます。

 というよりむしろ後者、つまり「革命」がどこまで説得力を持つ言葉として人々に受け入れられているかは重大な疑義です。それなくして「1万人」未結集の理由は説明できないでしょう。集会の中でもそうだったのですがよく聞くのは「職場で労働者が権力握ったらそれが革命なんだ」と。確かにこれも一つの姿でしょう。しかし、労組もないところで、いやあったとしてもそう簡単に職場の全権を掌握できるかというと、現実的に難しいものがあります。

 とはいえ自分が考えうる中でそういう形での「革命」しか現実味を帯びないのもまた然り。だとすればまさに現在進行形で行われているたたかいを結集する場をもっと広範に設ける努力も必要ではないかと思います。

 いや、上記のように考えられる人々がどれほどいるかがそもそも疑問です。自分はそういう人々とつながっているからある程度の実感がある。けれど未組織の労働者や運動経験のない民衆に「革命」をいう言葉と使ってもやはりその言葉だけが独り歩きする危険性は否めません。無論「使うな」とは言えませんから、「革命の中身の一層の具体化」を進め、「革命」を理解できる人がそれぞれ自分の言葉でその中身を伝えていく以外にないと言えるでしょう。むしろ職場ごとの「革命」のあり方そのもの自体は多様で良いと言えるのではないでしょうか?そうした「多様で小さな革命の結集体」を作ることが後々の1万人決起への近道だと僕は思います。

 ともあれ今日は解放感をたっぷり味わうと共に、職場での自分の姿勢を見直す良いきっかけになりました。この実感を同僚や遊び仲間にも伝えるべく、勇気を持って、しかし、相手の意思を尊重しながら話していくことから始めます。目下の課題はパートさんたちの境遇の改善。そのために何が出来るかを考えつつ明日からまた仕事に就きます。

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2007年11月 1日 (木)

11/4労働者集会へ結集を!!

 こんばんは。コケシくんです。このところ疲労がまた溜まってきましたが、なんとか頑張って仕事しています。

 さて、もうあと3日ですが、いよいよ今年も11月労働者集会の時期がやってまいりました。僕も今年、就職して初の参加を勝ち取れました。 自分もこの集会の再参加を通し、「たたかう労働者」として少しでも前進し、この集会のことを同僚に伝えていければと思います。

 このブログを見た方で、11・4が休日なり他に用などがなければ是非ご参加を!!

〔以下転載〕

たたかう労働組合の全国ネットワークをつくろう!
  改憲-戦争と民営化-労組破壊にたち向う労働者の国際的団結を!
     11・4全国労働者総決起集会への賛同と参加のお願い

全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部 
全国金属機械労働組合港合同             
国鉄千葉動力車労働組合                 

 全国のたたかう労働者のみなさん!
 「たたかう労働組合の全国ネットワークをつくろう!」と呼びかけて始まった11月労働者集会は、今年10周年を迎えます。この10年、全国の仲間たちに支えられて参加者も年々増え、2003年からは日・韓・米労働者の国際連帯集会として発展するなど、労働運動の復権・再生を求める全国の労働者の結集の場として着実に基礎を築いてきました。
 改憲国民投票法の制定、教育基本法(教育改革4法)改悪等、私たちは歴史の大きな分岐点にたっています。安倍政権は「戦後レジーム(体制)からの脱却」を掲げ、改憲と戦争に突き進もうとしています。防衛庁は「省」に昇格し、日米安保の飛躍的強化がおし進められ、排外主義や国家主義が煽りたてられています。ブッシュや安倍は、泥沼化するイラク侵略戦争の危機に突き動かされ、戦争を世界に拡大しようとしています。
 安倍政権は危機に立っています。しかし、今秋の臨時国会では、再び八時間労働制や労働者の団結権を解体する労働契約法や共謀罪の制定が画策されています。
 一方、民営化、規制緩和、市場原理主義政策が横行する状況の中で、雇用や賃金、団結を破壊され、社会保障制度が解体されて、労働者には、闘わなければ生きることのできない現実がのしかかっています。ロストジェネレーションと呼ばれ未来と希望を奪われた青年たちが「生きさせろ!」と声をあげはじめています。
 社会保険庁解体―「消えた年金」問題に示されたように、すべての矛盾を労組破壊攻撃にすり替える卑劣な攻撃が吹き荒れています。攻撃の焦点は労組破壊にすえられています。自民党は自治労・日教組を「国民の敵」と公言し、マスコミを総動員した激しい攻撃が仕掛けられ、教員免許更新制の制定によって国家の意志に従わない教育労働者の排除=解雇攻撃が襲いかかろうとしています。「日の丸・君が代」不起立闘争に対しては、来年春にも根津さんへの解雇攻撃が画策されています。また連帯労組関西地区生コン支部に対するたび重なるデッチあげ逮捕をはじめ、闘う労働組合への大弾圧が仕掛けられています。その一方で財界は「偽装請負」 問題等、違法の限りを尽くして労働者を搾取し、それを開き直り史上空前の利益をあげています。
 労働運動は止めどない変質を深め、改憲容認にまで転落しようとしています。しかし、そうした否定的現実やナショナルセンターの枠をこえて現場からの怒りの声が高鳴りはじめています。今こそ怒りの声をあげなければなりません。今なによりも求められているのは、労働者が団結を取り戻し、労働組合を甦らせることです。自らのもつ力と可能性を自覚し、誇りを取り戻すことです。今こそ不一致点は留保し、一致点を拡大して職場から闘いに立ち上がり、全国に闘う労働組合の共同センターや労働学校を網の目のように組織しよう。改憲―戦争と民営化―労組破壊攻撃にたち向う共同闘争をつくりだそう。闘う労働組合の全国ネットワークをつくりあげよう。
 この一年、私たち三組合は、労働運動の再生をめざして闘いを積み上げてきました。連帯労組関西地区生コン支部は大弾圧をはね返して、永年の闘いによって築きあげてきた産別政策闘争の画期的な地平を守り、さらに発展させようとしています。港合同は「団結こそ命」を掲げ、矛盾が集中する中小零細企業に働く仲間を地域で組織し、倒産・解雇攻撃と対決して闘いぬいています。動労千葉は、拠点職場の廃止攻撃に立ち向かい、団結を守りぬき、一〇四七名の解雇撤回闘争を継続しています。そしてこの5月には、闘う労働運動の再生をめざす討論集会を開催し、今こそ全国で職場・地域から闘う労働運動再生への火の手をあげようと確認しました。
 全世界で闘いが燃え上がっています。アメリカでは1930年代に次ぐ「労働運動の第二の高揚」(ネクスト・アップサージ)がはじまっています。韓国の労働者は幾度ものゼネストに立ち上がり、非正規職関連法や韓米FTAと対決して闘っています。新たな情勢のなかで、労働運動の変革・再生を求める現場からの声が大きな津波となり、力となって登場する時代が到来しています。
 私たちは、節目となる10回目の本集会を、自らの飛躍をかけた闘いとして全国の仲間たちに呼びかけようと討議しました。渦巻く怒りの声をここに総結集し、労働者の団結した闘いこそが、歴史をつくり、社会を変革する力だと宣言しよう。とくに改憲阻止に向けた闘う労働者・労働組合の総決起の場として本年の11月集会を開催する決意です。志を同じくするすべての皆さんの賛同と参加を心よりお願い申し上げます。
 2007年7月

●集会名称 「たたかう労働組合の全国ネットワークをつくろう! 改憲‐戦争と民営化‐労組破壊にたち向う労働者の国際的団結を! 11・4全国労働者総決起集会」
●と き  11月4日(日) 正午開会
●ところ  東京・日比谷野外音楽堂

〔転載終わり(転載元…http://www.doro-chiba.org/network/n2007/net2007_01.htm)〕

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2007年10月25日 (木)

なぜ裁判員制度を批判しきれないのか?

 昨日たまたまテレビをつけて見たドラマ『相棒』にじっと見入ってしまいました。なぜならば、その内容が「裁判員制度の下で行われる刑事裁判」だったからです。

 そこには裁判員制度の様々な問題点が浮き彫りにされていました。選ばれた裁判員同士が全く関係ない人同士のみを選ぶとは限らず、しかも場合によってはそれは本人が申し出ない限り放置されてしまう可能性もあること。裁判が長引けば、仕事や私生活に大きく支障をきたすこと。裁判員の私的な感情で被告を必要以上に追い詰めたり、判決を重くする可能性があること。そして、裁判員に選ばれた人がマスコミに意図的に情報を漏洩させて厳罰化への世論を作る可能性もあり、かえって冤罪を蔓延させる温床になりえることなどが、次々に出てきました。

 「ドラマとはいえここまで問題点を浮き彫りにするとは」と思っていたのですが、このドラマの終わりの方で目を疑うシーンが出てきました。

 主人公である裁判員警護担当の刑事が裁判官に詰め寄り、「私的な感情も裁判官は考慮しなければならないのでは?」、「あなたの裁判員制度に反対する感情もまた冤罪を生むのですよ(少し曖昧でごめんなさい)」と言い、さらに締めの場面では「一般人が裁判で人を裁く、その可能性に賭けても良いのではないですか」とまで言ったのです。

 ここまで問題点を浮き彫りにさせておきながら締めで「裁判員制度の可能性に賭けるのも良いのでは?」と持ってくるのに僕は強い違和感を覚えました。ドラマとはいえなぜ批判に徹することができなかったのでしょうか?

 ここにどうにも数年前の安倍元首相がNHKに圧力をかけて番組を改変させた事件と同じ根を感じてしまいます。裁判員制度を何が何でも導入したい政府の圧力が怖くて予防的に締めでは「裁判員制度賛成」にしたのでしょうか?それとも製作の時点で推進派の政府要人などから「批判に徹するな」とでも言われたのでしょうか?

 あまり陰謀論に走っても仕方ありませんが、とにかくテレビ朝日(もしくはドラマ製作チーム)のこうした政府に対する及び腰な姿勢は目に余りました。

 僕はもちろん裁判員制度には反対です。ここには国家の「治安維持行為」に国民一人ひとりを組み込み、国民相互の監視を進めて「異端者」を排除する狙いがあるのは明らかです。それにただでさえインターネット上はおろか雑誌などでも排外主義や「異端者」への必要以上のバッシングがなされている中でこれを導入すれば、ドラマでも出されたような「私的な感情による判決の厳罰化」が加速するのは間違いありません。

 何より労働者・市民・学生が団結して権利要求をするという正当な行動も裁判員制度を「利用」すればそれを重罰に処す事だってもっと簡単になるでしょう。マスコミが裁判の前に「『過激』な運動」とか「『不当』請求」とか表現すればなおさらです。いわば裁判のポピュリズム化です。

 そのような社会が訪れたら、僕達は果たして今隣にいる人間を信用しきれるでしょうか?「コイツに裁かれるかもしれない」、「裁かれる前に裁いてしまえ」とかいった感情にさいなまれることが考えられませんか?そしてそれが自分にとって本当に利益になることなのでしょうか?

 こういった視点で考えても、やはり裁判員制度は歓迎できません。断固廃止するよう、僕は訴えます。

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2007年9月27日 (木)

ビルマの軍事政権を誰が支えているのか

 まずは以下の毎日新聞サイトからの引用を見てください。先ほど入ってきたばかりです。

〔以下引用〕

<ミャンマー>デモ弾圧 軍事政権、強権体質あらわに
(毎日新聞 - 09月26日 21:12)

 最高権力者のタンシュエ国家平和発展評議会(SPDC)議長は25日、ヤンゴンから約350キロ離れた新首都ネピドーで軍幹部を呼んで対策会議を開いたといわれ、この時に最終的にデモの武力鎮圧の方針を決定したとみられる。

 92年に辞任したソウマウン議長の後を継いで同評議会(当時は国家法秩序回復評議会=SLORC)議長の最高ポストについたタンシュエ上級大将は、当初は穏健路線を取り、95年7月には民主化運動指導者、アウンサンスーチーさんの自宅軟禁を6年ぶりに解除。一時はスーチーさんとも直接対話して和解する姿勢を見せた。

 しかし、軟禁を解除するたびにスーチーさんが政治活動を活発に行うことを嫌い、03年5月に三たびスーチーさんを拘束してからは、スーチーさんと外部との接触をほぼ完全に断ち、民主化勢力を徹底的に封じ込める戦略を取ってきた。

 スーチーさん軟禁に対する国際社会の批判を受け、軍事政権は03年8月に7段階の民主化手続き「ロードマップ」を発表した。しかし、新憲法の原則を審議する国民会議は、軍の権力維持を担保する条項をふんだんに盛り込み、民政に移管後も軍が権力を確保する姿勢を鮮明にしていた。

 デモに参加した僧侶や学生の多くは「今回を逃せば民主主義は実現できない」との強い使命感を持って「捨て身の行動」に臨んでいる。軍事政権が強硬策に出れば出るほど、国民の反発と憤りを招き、さらなる反政府行動を招くのは確実だ。

 バンコクを拠点とするミャンマー人民主化団体「ビルマ連邦国民評議会」のソーアウン氏は「僧侶や学生たちは軍事政権の警告を無視してデモを続けた。これは強硬措置も予想したうえでの命がけの行動だ。暴力的手段をもって僧侶たちの行動を止めることはできないだろう」と話す。

  ◇   ◇  

 ヤンゴンに暮らす日本人の間でも26日、緊張感が高まった。

 「昨日まで治安部隊は出ていなかった。急激にこんな(危険な)ムードになった。状況は良くない」。縫製を手がける大丸興業株式会社社員で、在住約20年の池谷修さんはそう語った。「衝突を目撃したミャンマー人によると、『治安部隊が一斉に襲いかかった感じではない』」そうだが、「催涙弾で死亡したり、けが人がいる」「警棒で殴られた僧侶がいた」と、さまざまな情報が出回ったという。

 在ミャンマー日本大使館によると、在留日本人は約600人で大半が在ヤンゴン。日本人が被害を受けた情報はないが、危険情報は26日、下から2番目の「渡航の是非を検討して下さい」に引き上げられた。

 幼稚園児から中学3年までの60人が在籍する日本大使館付属ヤンゴン日本人学校(齋藤昌義校長)は26日、下校時間を午前9時に切り上げ、生徒らには「帰宅後は家にいるように伝えた」という。

〔引用終わり〕

 以上の記事を見て分かる通り、ミャンマー(以下ビルマ)は軍事政権が民主化を唱える人々を弾圧し続け、そして今回も僧侶も市民もお構い無しに暴力で彼らの行動を抑え付けているようです。こんなことがあってはなりません。

 そしてこんな状況のビルマから、毎年のように難民申請者が日本にやってきます。しかしその中で認定を受けられるのはごく少数です。そしてその多くは茨城県の牛久や大阪の茨木、あるいは長崎の大村などの「入国管理センター」と言う名の「事実上の外国人専用監獄」に入れられ、そこで非人間的な扱いを受けていることを、僕は学生時代に主に行った牛久での面会活動を通して知りました。

 さらに収容された申請者達は言います。「日本はビルマの軍事政権に肩入れしている。だから私達活動家を送還したいのだ」と。

 そう、今回の例を始めとしたビルマの状況は日本が関係しているのです。学生時代にお世話になったある国際政治学の教授から僕はこのような話を聞いたことがあります。「いわゆる『先進国』にとっていわゆる『途上国』の国家体制が軍事独裁である方が扱いやすい」と。

 これはアメリカとイラクの関係を例にとれば分かり易いでしょう。湾岸戦争以前にはアメリカはイラクのフセイン政権に肩入れしていました。これはイラン革命の影響がイラクに波及するのをアメリカが恐れたためでもあります。ところが、イラクがクウェートに侵攻して以降はアメリカは経済制裁をするなど関係は悪化しました。これはアメリカにとって「コントロールしにくいところまできた」という側面もあるからでしょう。そしてそれを恐れていることは、今日イランや北朝鮮に核放棄を迫っていることからも明らかです。要は「半植民地状態」もしくは「事実上の【支配―被支配】の関係が成り立つ状態」を維持して利権を確保したいのです。

 これが日本とビルマの関係にも当てはまるところがあります。今もまだ日本にとってビルマは「半植民地状態」もしくは「事実上の【支配―被支配】の関係が成り立つ状態」を維持できるのであり、その「維持」の「一つの手段」として難民申請者までを強制送還し、経済援助も続けているのです。

 当然送還の背景には日本における外国人差別・排外主義の問題もあります。こうした根底の意識がビルマという国そのものに対しても「利用しやすい国(=日本がコントロールできるくらいの軍事独裁国家)」にさせ続ける機運を起こしてしまうという悪循環がここにはあります。

 少々分かりにくかったかもしれませんが、ここで認識していただきたいのは、今回の市民弾圧を支えているのが他でもない日本であることです。そしてそんな状況のビルマに、今すぐにでも強制送還されてしまいそうな難民申請者たちがいます。

 北朝鮮に対しては拉致問題を先頭にその「非人権的」な態度を非難する一方、ビルマの今回のような行いに対し、そこまでの強いメッセージを日本がビルマに送るとは僕は思えません。なぜならば、この2国で比較するならば、北朝鮮の方がいまだ残る朝鮮人への敵視・蔑視を絡めて非難論を展開した方がまとまった国民感情を創出しやすいのに対し、ビルマに対してはそんなことをすればそこでの既得権益を失うリスクの方が高いからです。

 また北朝鮮に対してはすでにアメリカ軍と一体となった共同軍事作戦まで練られており、将来は中国まで見込んだ利権獲得のための侵略も辞さない機運(=排外主義的なナショナリズム)を作り上げる必要があるのに対し、ビルマにそこまでの理由を急に「創出」できるとは考えづらいというのもあります。

 要は「今自分の国にとって役に立っているかどうか」がものさしなのです。そんな手前勝手な理由でミャンマーの軍事政権は放置されてきたのです。

 今日本が真になすべきは、ビルマ難民の早期かつ多数の受け入れとビルマ政権を支える仕組みの解体でしょう。そして僕達は在日のビルマ難民申請者と連帯し、彼らの話に耳を傾け、共に行動すべき時です。

 差し当たっては「僧侶にすら暴力を加えている国情でも難民を強制送還するのか」、「難民を今すぐ受け入れろ」と訴えていくことが重要です。それが日本による事実上のビルマ支配を止めさせる(=ビルマ軍事政権への援助停止)行動につながります。

 今一度最後にこう訴えて今回を締めます。

「いわゆる『先進国』の新植民地主義こそが難民を生み出し、世界各地での人権侵害を野放しにしている!!これを止められるのは、難民や外国人と連帯した僕達労働者・市民だけである!!!」

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2007年9月23日 (日)

10・6ワーカーズアクションin水戸のお知らせ

 来月初め、水戸で青年労働者を中心とした、ちょっと趣向の変わった集会を行います。内容は以下の通りになります。

〔以下転載〕

人間らしく生きさせろ!見えない鎖を引きちぎろう!
『☆闘って生きYO!』
     10・6WORKERS ACTION IN 水戸

「人間らしく生きたい」、あなたにも同じような心の叫びがあるはずだ。
あなたも私も救済の対象ではない。あなたは誰であろうと「弱者」ではな
いからだ。「弱者」とはこの社会体制のなかで政治家や資本家が自分の体
裁を保つために利用する言葉だ。確かに一人ひとりでは弱い。だから一緒
につながる。団結する。それだけだ。シンプルに考えて欲しい。
オレ達がいなければ現場は回らないではないか。世の中回らないじゃない
か。その気になれば、止めることも、変えることもできるはずだ。実際に
はこの社会の見えない鎖に縛られ、人としての自分を低め、あきらめを強
いられ、バラバラにされている。でも自分達にはその力があるはずだ。

 どこまでも広がる格差。競争と服従、孤立の職場。切り捨てられる福祉。人を人と扱わない、あまりのひどさにNOを突きつけられた自民党政権(元は「安倍政権」でしたが、首相辞任により筆者修正)は、それでも改憲・戦争と規制緩和・民営化に突き進む。わたし達のこれからはどうなるのか。どう生きるべきか。

 10月6日(土)13:30~『SPACE LAB BUBBLE』(水戸市)で、雑誌「東洋経済」新進気鋭のジャーナリスト風間直樹氏(1977年生まれ)を招き、トークライブ&パネルディスカッションを行います。もちろん“参加者からの言いたい放題の時間”も設けます。音楽などもはさみながら盛り上がって団結して行きたいと思います。

〔転載終わり〕

 このイベントのビラも記事に添付しておきます。ライブハウスで集会さらにデモも行うという新しい形のこの集会に是非ご参加を!!さらに公式ブログもあります!!→http://blog.goo.ne.jp/10_6_wa_in_mito

 また、22日はこれに関連し、水戸で「残業代をきちんともらっていますか?」というアンケートを取る行動に参加しました。その結果約半数が「もらっていない」と回答しました。特に僕が驚いたのは会社にタイムカードが無く、出勤時間も退勤時間も記録しないで残業かどうかもわからなくさせている職場があったことです。

 また中には「自分達が頑張って早く終わらせればいい」と言う意見もやはりありました。どうしても「自分が頑張らなきゃ」と思ってしまう人は多いようですし、仕事も「人間の生命の発現」である以上はそういう意見が出るのも仕方が無いといえばそうなのですが、問題はそれが「必要以上」に会社に、いや、社会全体で煽られているのではないかという疑念は忘れないで行きたいと思いました。

 さて6日当日について今一度。当日は僕もパネリストとしての参加を打診されています。自分も今の職場の現状を、ブログではいえない部分を含めて報告するつもりです。

 みなさんのご参加をお待ちしております。

「10_6.doc」をダウンロード

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2007年9月12日 (水)

安倍首相は辞任した。しかし…

 本題に入る前に一言。またインドネシアで大きな地震があったようです。ビルも倒壊しているとあって本当に気になります。あまり立場的にこんなことも言えたものではありませんが、自然の力の前に人間は勝てないということをますます痛感します。その意味で資本主義の暴走の無意味さも浮かび上がってくるといえばそうなのですが。

 さて、珍しく早いスパンでの更新となったのは、言うまでもなく安倍首相が辞任すると発表したからです。これが何を意味するのか?

 やはり参院選での自民大敗が大きかったと言うべきでしょう。「もう自民はイヤだ」というのが労働者・市民の声なのです。それはほとんど「民主党への投票」という形となってはいますが、しかし根底的な「自民政権への怒り」がここまでの事態についに追い込んだというわけです。改造内閣も結局一月足らずで農相が辞任するなど不祥事は収まらず、死に体なのが明らかでした。本来ならもう参院選直後に辞任してもおかしくなかったはずです。ここに「労働者・市民の怒りを結集すれば勝てる」というささやかな展望がまた開けたわけです。

 しかし、ここからが問題です。自民党政権自体がまだ完全に瓦解しないうちに今度は首相ごと内閣を改造し、政権そのものはとにかく生き延びさせようという権力者達の打算が垣間見えないわけではありません。いわば「首のすげ替え」です。しかも次期首相候補は麻生太郎と見られていますが、この人物こそ、中学校に全くもって右翼思想丸出しな「歴史教育ビデオ」を製作し教育現場に持ち込んでいった日本青年会議所の初代会頭であり、思想的には安倍氏と同レベルです。このような人物などまだ自民党には多くいます。なので評判が悪くなったら思想的・政治姿勢的に変わらない人物を持っていって外面だけ変えて批判を逸らそうとすることなどたやすいとも考えられます。

 つまり安倍氏が首相でなくなったことは一定の「運動の成果」でもありますが、「首のすげ替え」が図られてしまう猶予を許してしまったとも言え、これからますます厳しい情勢になる可能性も大いにあります。

 さしあたっては前回の記事にあります通り「対テロ特措法」の延長阻止が目下の課題であることにももちろん変わりがありません。安部辞任を契機として事態をさらに労働者・市民が求める方向に向かわせる運動の展開が必要です。引き続き、政治状況に注目し、特に安倍首相在任中に成立した悪法の撤回をも視野に入れながら、出来る行動をとって行きたいところです。

 繰り返しますが、参院選における「労働者・市民の声の力」は安倍を辞任に追い込んだと言っても差し支えありません。あとはもっと直接的な行動で示せば自民党の政権そのものが「首のすげ替え」さえもできない状態になるかもしれません。それは、「革命」の到達点の一つと言えるでしょう。折りしも昨年秋の教育基本法改悪反対運動の盛り上がりからまもなく1年が過ぎようとしています。ここで示された団結の力が再び僕ら自身で起こせるかどうかが、まさに問われているのだと思います。

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「9・11」から6年

 日本時間では日付が変わってしまいましたが、今日で「9・11」から6年が経ちました。この日を迎えるたびに思います。「『テロリスト』という言葉がなぜ未だに安易な使われ方をされているのだろうか?」

 僕は「9・11」の本質はアメリカ帝国主義によって抑圧されてきたアラブ地域の「人民解放闘争」というところにあると思っています。抑圧されてきた人々の「解放」の手段としてハイジャックと自爆テロがセットになったものが選択されたのです。つまり「ゲリラ」です。

 この「ゲリラ」をアメリカ、及び日本を含めたその同盟国は一般的に「悪」とみなされる「テロリスト」と称し、そして「テロ殲滅」のためアフガンやイラクに侵攻していきました。ですが、特にイラク戦争で明らかなことですが、それらの戦争の目的は中東における米国利権の確保と奪取です。「ゲリラ」を「テロリスト」に仕立て上げて国民感情を煽り、利権のための侵略戦争であることを覆い隠してこれらの戦争をアメリカ・イギリスは実行していきました。そしてはじめは「対テロ特措法」によって「アフガン戦争」の支援のために出動していた自衛隊は、そのままイラク戦争時にはなんとイラクに出撃するアメリカの艦隊などに給油し(詳しくはこちら→http://bund.jp/modules/wordpress/index.php?p=405)、そして陸自・空自も派兵されたのは周知の事実です。すなわち日本も参戦し、一体となって戦争に加担しているのです。

 相手が「テロリスト」なら「何をやってもいい」と言う雰囲気がこれを一つの契機として年を追うごとに強まっている気がします。卑近かつ最近の例を取り上げるならば橋下徹弁護士が山口県光市殺人事件の被告弁護団に対する発言で、彼らの懲戒請求を煽ったものが挙げられます。いくら安田好弘弁護士を初めとした弁護団の対応にまずい部分があったり、弁護の仕方におかしいところがあるからといってテレビで「見ている人が(母子殺害事件の弁護団に)一斉に懲戒請求をかけたら、弁護士会としても処分を出さないわけにいかない」とか言ったのは絶対「扇動」です。それでもなお橋下弁護士は自身のブログで「弁護団よ、そしてカルト集団弁護士よ、加えて、俺に野次を飛ばしたチンカス弁護士よ、世間の前でしゃべってみろよ!!」と言いたい放題。世間的に「死刑になってもいい被告」とみなされる人でも何とか死刑回避に持っていこうとした「結果として」、「珍妙な弁護」になったとしても、はたしてそういう感情論でものを言っていいのでしょうか?それも法律のプロたる弁護士が!

 何よりこうした発言が「なぜ犯人はその行動に走ったのか?」、「その社会的背景には何があるのか?」という原因追及を停止させます。これは近年における「テロリスト」に対する対処と同じです。「死刑になってもかまわない人」や「テロリスト」を潰していけば社会は安定するという幻想がはびこっているようですが断じて違います。

 犯罪やテロの背景にあるのは国際的・国内的の両方における「格差」や「貧困」、そしてそれを生み出す現代資本主義=帝国主義なのです。この根本的な体制変革を論じずして何が「犯罪・テロ対策」だというのでしょうか?第一「誰のためのテロ対策」なのでしょうか?それらでは「力あるものにとって」のものすなわち政治家や資本家にとってのものでしかなく、僕ら一人ひとりのためのものではありません。

 そして今秋の国会では「対テロ特措法」のさらなる延長が図られていますが、断じて阻止しなければなりません。延長は「対テロ」と称して侵略戦争への加担を続けようとするものであり、つまりはイラクの石油利権を日本も狙い続けるということでもあるのです。それを安倍首相は「国際公約」と居直っています。これも許せない。

 そして僕は扇動された感情論でさまざまな事が動くところに実は帝国主義の本質があると思います。なぜならば帝国主義とは利権のためなら理性を捨てるものであり、まさにそうした性格の戦争こそ帝国主義戦争だからです。また、橋下弁護士の件はまさにそうした「帝国主義戦争」的なものがもはや国民レベルで起こっている証なのではないのでしょうか?法律ではなく感情のみで正義と悪に二分化し、悪いことに弁護士までもがそれに迎合していく(=ポピュリズム)…

 「異端者を排除せよ、それが正義だ」という雰囲気は、もちろん「9・11」以前にもあったでしょう。しかし、目に見えてこのゲリラ闘争以降に強まっています。この流れに抗う動きは世界各地で起こってこそいませんが、まだ大きな力にはなっていません。特に日本ではまだ「気づき」を促す段階でしかないと思います。そうしなければ「労働運動の力で革命を」と言っても伝わらないでしょう(しかし「労働運動の力で革命」というのが最善の道であるとは思っていますが)。

 とにもかくにも強まっていく「異端者排除」の論理にどう自分の中においてもどうやって打ち克つか、そしてそれを乗り越えて「人間として団結し、連帯する」にはどうして行くのが最善か…微力ながらその動きにもっとかかわっていきたいものです。

 蛇足ですが、ここ最近のシフトの都合上、そうした「かかわり」が薄くなってしまっています…せめて「11月労働者集会」には出たいのですが…そうした「仕事があるから」という姿勢が自分で自分を縛る「見えない鎖」になりつつあるようにも思えてとても歯がゆいです。それを乗り越えて11月集会に行けるかどうか、正直自分でも不安です。

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2007年8月30日 (木)

徴兵制への足がかりか??

 驚くべきニュースが飛び込んできました(以下引用)!!

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070827i104.htm

防衛省、人材確保に民間からの「レンタル移籍制度」

防衛省が、民間企業の若手社員を自衛隊に2~3年の期限付きで入隊させる「レンタル移籍制度」の創設を検討している。

人材確保策の一環だが、背景には自衛隊の若手教育に対する企業側の期待もある。同省は、今年度中にも民間企業などに意向調査を行い、試行につなげたい考えだ。

自衛隊は精強な部隊を維持する上で若手隊員を確保する必要があるため、陸上自衛隊では2年、海上、航空各自衛隊では3年の期限で勤める「任期制自衛官」の制度を設けている。応募資格は18歳以上27歳未満。高校卒業者を中心に毎年1万人前後を採用し、数回の任期を経て、毎年5000~6000人が退職する。

しかし、最近は、景気回復に伴って民間企業志向が強まっているほか、大学進学率も高まり、高卒者の確保が年々難しくなっている。また、少子化に伴い、募集対象年齢の人口が減り、人材確保は将来的にさらに厳しくなると予想される。

そこで同省が着目したのが、プロサッカーで普及しているレンタル移籍。民間企業の内定者や若手社員、他の公的機関の若手職員を2~3年の任期制自衛官として受け入れ、任期満了後に元の職場に戻す仕組みを考えついた。身分は通常の自衛官と同じで、訓練内容も変わらない。入隊後は数か月間の基礎教育を経て全国の部隊に配属され、災害派遣など実際の現場での活動を想定している。


この制度を後押ししそうなのが、企業で高まる「自衛隊人気」だ。自衛隊は企業研修に協力する形で、3~4日間の社員の体験入隊を受け入れている。こうした人たちは年々増え、昨年度の陸自体験入隊は約1万5000人。企業からは「団体生活を経験して社員の意識が向上」などの声が寄せられている。任期制自衛官が退職後に就職した企業の人事担当者からも「自衛隊経験者は規律がしっかりしていてまじめ」と評判が高いという。

同省は今後、民間との給与格差をどう解消するかなど、レンタル移籍制度の具体的な方法を検討する。ただ、体験入隊と異なり、入隊期間が2~3年の長期に及ぶことや、自衛隊で学んだことが企業などに戻った時にどう生かせるかなど課題も多い。同省は「民間企業と人材確保で競合するのではなく、双方のニーズをうまく組み合わせた制度ができれば」と話している。
(引用終わり)

 このニュースを見て思ったのはまさに「企業は軍なり」ということ、そしてこういう新しい形での「軍産複合体」を作って「戦争の出来る体制」を作り上げてまで生き延びようとする権力者や資本家階級の危機を見出しました。

 以前言及したとおり自分の会社でも新入社員や新店の従業員に(企業的・国家的の両面での)ナショナリズムを教え込む宗教まがいの研修を受けさせていますし、そういう研修を日本の企業と言うものはよく行っていると聞きます。

 それでも「規律」が守れないならばと自衛隊に入隊させて自分達に都合のいい人間を作り出したいというのが経営者達の本音なんだと思います。特に自衛隊は「規律」が厳しいですから、それを何が何でも守るような「物言わぬ者」になっていきやすいと考えられます。ただでさえ「愛国心教育」を改悪教育基本法などに盛り込んでいる上に「自衛隊教育」を社会に出てからも行う必要がどこにあるのでしょうか?

 答えは「資本家や権力者にとってはその必要がある」です。なぜか?企業のイデオロギー教育や「自衛隊教育」によって人間個人個人同士の団結や連帯が「わが国」や「わが社」としての団結や連帯に「錬金」されるからです。その「錬金術」こそは労働者・学生・市民の決起を恐れる権力者が考え付いた「予防措置」とも言えます。「予防的労組破壊」いうことでもあるでしょう。

 何よりこれが制度化されれば間違いなく徴兵制への足がかりとなってしまうことでしょう。例えば東京の「日の丸・君が代」の例のように社長などの会社のトップクラスが「職務命令」として「自衛隊へのレンタル移籍」を命じる可能性だってあるわけですから。こうやって自衛隊入隊経験を労働者階級の間で「既成事実化」すれば、現象・精神の両面で徴兵への抵抗がなくなっていくのは目に見えています。 このような制度の導入は阻止しなければなりません。

 「国」としての団結ではなく、「人間同士」、「同じ階級」としての団結を!!

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2007年8月15日 (水)

戦後62年の「終戦記念」日に…

 今日で第二次世界大戦の終戦から62年が経ちます。

 僕は今日東京・中野での集会に参加する予定でしたが、急に仕事が入り、今回の集会のレポートも当然できません。

 とはいえ伝えなければならないことが2点ありますので、それらについて簡潔に書きます。

1、自衛隊はイラクで「自ら進んで」戦闘行為をしようとしていた!!

 まずはこちらのJNNニュースの引用を見てください(以下下線、太字など筆者)。

「駆けつけ警護」認めるべきで一致

 集団的自衛権に関する政府の有識者会合はPKO=国連平和維持活動を行う自衛隊に対して、憲法上できないとしてきた「駆けつけ警護」を認めるべきだ、という意見で一致しました。

 PKO活動の際の武器使用は、正当防衛や緊急避難などの場合に限られていますが、10日の会議では国連の集団安全保障の問題としてとらえるべきだとする意見で一致しました。

 その上で、正当防衛を超えるとして憲法違反とされるいわゆる「駆けつけ警護」は認めるべきだとする意見が相次ぎました。これは、味方である他国の軍隊が攻撃された場合、駆けつけて応戦するものです。

 こうした事例について、イラクに派遣された陸上自衛隊の指揮官だった佐藤正久氏は、当時現場では、事実上の「駆けつけ警護」を行う考えだったことをJNNの取材に対して明かしました。

 「自衛隊とオランダ軍が近くの地域で活動していたら、何らかの対応をやらなかったら、自衛隊に対する批判というものは、ものすごく出ると思います」(元イラク先遣隊長 佐藤正久・参院議員)

 佐藤氏は、もしオランダ軍が攻撃を受ければ、「情報収集の名目で現場に駆けつけ、あえて巻き込まれる」という状況を作り出すことで、憲法に違反しない形で警護するつもりだったといいます。

 「巻き込まれない限りは正当防衛・緊急避難の状況は作れませんから。目の前で苦しんでいる仲間がいる。普通に考えて手をさしのべるべきだという時は(警護に)行ったと思うんですけどね。その代わり、日本の法律で裁かれるのであれば喜んで裁かれてやろうと」(元イラク先遣隊長 佐藤正久・参院議員)

 懇談会は11月までに集団的自衛権の行使を容認する提言をとりまとめると見られます。しかし、公明党が反対している上、参院選の惨敗で安倍総理の求心力が低下しており、報告書は棚上げせざるを得ないという見方が強まっています。(10日22:50)

 「苦しんでいる仲間がいる」とか「普通に考えて手を差し伸べるべきだ」などといった発言に惑わされてはなりません。この発言には自衛隊を何が何でも戦闘行為に参加させ、法の「ご都合解釈」まで使ってそれを正当化しようとさえした意図が表れています。

 さらに、発言をした佐藤正久氏は当時「文民」ではありませんでした。ということは「自衛隊独自の判断」で戦争に突っ込もうとしていたということにもなります。しかも政府は佐藤発言に見られるような、今度こそ解釈改憲すら不可能と思われる「駆けつけ警護」を「認めるべき」と結論付けようとしています。これは佐藤氏の意図を「公に承認されたもの」とするものです。ということは、「何が何でも現憲法下で自衛隊を戦闘行為に参加させた既成事実をつくりたい」意図が政府の側にもあったとも考えられます。というよりあったに違いないでしょう。

 いまひとつの問題は、先の参院選で佐藤氏が当選し、参議院議員として国会に居座ろうとしていることです。憲法も文民統制も踏みにじろうとした彼に国会議員の資格があると言えるでしょうか?国会議員は最も憲法を遵守しなければならない立場ではないのでしょうか?佐藤氏のような人物を国会にいさせているわけにはいきません。佐藤氏の「敢えて巻き込まれる」発言(=政府の意図)を徹底弾劾し、自衛隊が違憲であることを改めて訴えていきたいところです。

2、「自民・民主大連立」で「政局安定」???

 ちょっと耳を疑うようなニュースがありました(以下引用)。

「自・民大連立」望む、28%で最多=自公継続は12%…時事世論調査

8月11日15時0分配信 時事通信

 時事通信社が3日から6日にかけて実施した世論調査によると、望ましい政権の枠組みとして「自民、民主両党などの大連立」を挙げた人が27.5%でトップとなった。参院の与野党逆転で衆参両院の多数派が異なる「ねじれ」が生じる中、政局が不安定化することへの懸念があるとみられる。
 自民、公明両党による現在の連